山好きな人ならば、耳にしたことがある「日本百名山」・・・ 「茅ケ岳」(標高1,703米)は、その「日本百名山」を著した深田久弥が登山中に急逝した 「深田久弥終焉の地」として知られており、日本200名山・山梨100名山に選ばれています。 そして、山頂からは八ヶ岳や富士山、金峰山等が望め、360゚の大パノラマが楽しめます。 標高差は約750米、総歩行時間6時間、途中急坂もあり、登山の難易度としては中級程度です。 憶せず、是非チャレンジしてみませんか・・・ ! 日時 平成20年9月14日(日)午前5時 集合・出発 2.行程 桐生 → 韮崎 → 深田記念公園 → 茅ケ岳 → 深田記念公園 → 「ほったらかしの湯」 → 韮崎 → 桐生 3.募集人員 20名(先着順) 4.会 費 ひとり 4,000円(バス代、高速道路代等) 《入浴料(600円)は、別途各自負担》 5.持ち物 雨具、防寒具、昼食、水筒、お風呂セット
登山家で作家の深田久弥は名著「日本百名山」の中で、百名山選定基準の一つに「深田自身が実際に登った山」の中から選んだと書いている。従って、「茅ケ岳」は深田久弥が・山中に急逝した山であるから当然「日本百お山.目こは選ぱれなかった。
後に、「茅ヶ岳」は深田クラブにより、「日本二百名山」の一つに還ばれている。さて、「もし」深田久弥が登山中の不慮の死を迎えなかったならば、深田久弥は「茅ケ岳」を「百名山」に選んでいただろうか・一一?興味深いところである。
・・・と、まあ知ったか振りはこの辺にして、桐生倶楽銘歩く会の9月山行は、この深田久弥終焉の地「茅ケ岳」に行ってまいりました。
9月14日(H芹前5時、桐生倶楽部に集合、出発。本日の参加者は11名と、少々淋しい。やはり、連休の中日と云う設定も影響したのでしょうかねえ…?
バスは北間道〜関地道〜圏央迫〜中央道とひた走り、順調に午前8時20分|山口のr深田記念公園」駐車場に着いた。早速、身仕度を整え、まずは「深田記念公園」で元気なうちの姿を一枚カシャ…|
最初うちは、緩い上り道を皆さん全くのマイペースで快適に歩く。歩くこと、およそ50分…冷たい湧水の滋れている「女岩」到着し、しぱし休憩。さあいよいよ、ここから尾根に上るまでの急登が続く。
私は、今日は何故か快調で、途中20名くらいの団体や単独行のオジサンを追い越し、休まずひたすら上り統ける。順から汗が吹き出てくるのが分り、額に巻いたタオルからポタポタと汗が垂れる。異常な蒸し暑さだ。着ているTシャツもビッショリで・い。ようやく尾根に出てザックを下ろし、一服していると森口さんと木村さんが上ってきた。このお二人の健脚にはいつも驚かされる。山頂手前の登山道脇に「深田久弥終焉の地」と云う小さな碑があり、森口さんと木村さんはお賽銭を供した。私…?私は生憎小銭がなかったので失礼させてもらいました。11時20分「茅ケ岳」山頂に到着。山頂からは360度の大バノラマが楽しめる筈であゥたが、ガスっていて本日は展望が得られない。ウ〜ム、残念…森口さんと木村さんと私は腰をお下ろし、まず乾杯・・・展望が得られようが得られまいが、私には山頂でのこのセレモニーは絶対欠かせない。そのうち、倶楽部の面々も続々と登頂。やはり頂上に立った時の皆さ
んの表情は清々しい。
長めの昼食タイムの後、下山路は千本桜方面の道を取ることにした。この道は歩き易いがダラダラと下り坂が続くため山口先生にはこたえたようである。それでも予定の時刻までに登山口に戻ったのはご立派。
登山の後の楽しみは遡らである。今日は「日本三大夜景の湯」と云うキャッチフレーズの「ほったらかしの・」とやらを予定していたのだが、これが正直[ガッカリの湯」であった。施設は映画セットのような安普請のうえ、多勢の入浴客でごった返し、何だか落ち着かない。しかも、いざ帰ろうとバスに乗ったら、国道に出るまでの但かな距離なのに、俳号待ちで1時間以上かか。てしま
った。あれは絶対信号システムのセットが悪い。あの周辺は、観光施設やぷどう園もあって、多勢の観光客が、あの信号で迷惑しているだろうから、山梨県警日下部警察署には、きっと苦情が殺到しているのじゃないだろうか...?
結局、あのシステム設定の悪い信号のおかげで予定より30分遅れになってしまりたが、午後8時30分、全員無事に桐生到着となりました。さあ、来月は日本三百名山の「国師ケ岳」と奥秩父最高峰の「北奥千丈ケl」だあ…!来月も参加するぞお…あっ、また山梨県だあ・・・ (狩野記)写真をクリックすると大きくなります。